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日本クラフト&デザイン文化を支える作家たち

今、自分の究極は無文の白い器。 砥部の粘り気があるとろりと白い磁土で 絵付けをしない片口を作った。

陶磁器/愛媛県砥部町

岡田 威

Takeshi Okada

 砥部の器は庶民派だと、岡田さんは思っている。割烹には似合わない、家庭の食卓で使って欲しい、と。

 砥部焼の器を見ていると、それがわかるような気がする。なにか、柔らかい温かい印象の焼き物なのである。

 ところが、砥部焼は磁器なのだ。一般には、磁器といえば有田焼や九谷焼などの硬質で色も文様も華やかな器を思い浮かべる。そうなると、砥部焼の印象は、不思議である。

 その理由は土にある、という。磁土自体が他の産地と違い、多少粘り気があるのだ。そのために土物と同じ作りができる。つまり、半乾きの状態で削れるので、ざっくりと仕上がる、というわけだ。

 さらに、土のせいで生地の色が乳濁しており、とろみがある白となる。だから、焼きあがったものの印象が磁器と陶器の中間になるのだとか。

 砥部焼特有の呉須の絵付けも、その感を強調しているかもしれない。つけたて筆で藍の濃淡を生かして描くものが多い。

 岡田さんは、本来は絵付師だ。しかし最近は、どれだけ筆を入れずにシンプルに仕上げるかを常に考えている。絵付けは細々と描き込んでいくほうがたやすく、簡略化するほうがずっと難しいのである。これを突き詰めていくと、フォルムさえよければ絵柄を入れなくてもいい、ということになる。

 今回も、染付とともに白磁片口を出品した。岡田さんとしては、ほんとうはこれを白磁というよりも無文と思っている。絵付師としては、実は無文は不安であり、実験的な世界なのだが、今、自分にとっての究極は無文、なのである。

 またいずれ絵付けの世界を極めたいと思う日が来るかもしれないが、今は無文の白い器にこだわりたい。そのために、美しいフォルム、納得できるフォルムを作りたい、と日々励んでいる。

 ただし、使い手にとっては、白い無地の器は扱いにくい、ということも岡田さんはわかっている。バランスよく盛り付けることが難しいのだ。それでも、白い器は美しい。作り手と使い手双方が、楽しみながら工夫したいものである。

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